2019年5月15日水曜日

MIHO美術館 曜変天目茶碗

国宝曜変天目茶碗 大徳寺龍光院蔵
400年門外不出だった

国宝3点では一番地味だと言われているが
茶碗の中に星空がある

滋賀県信楽
MIHO美術館
先日、奈良国立博物館、藤田美術館展で国宝曜変天目茶碗を見たが、この期間、同時並行
で、MIHO美術館の国宝「大徳寺龍光院 曜変天目茶碗」が展示されているので行って来た。世界にたった3点しかない完品曜変天目茶碗、大阪藤田美術館の「曜変天目」、そして京都大徳寺龍光院の「曜変天目」、東京静嘉堂文庫「稲葉天目」、のうち2点を見ることが出来た。連休中はきっと人出が多いだろうと、連休明けを狙って訪問。ところが、入館後、この曜変天目茶碗展示だけ長蛇の列で1時間待ち。他の展示はガラガラである。
狙いが外れてがっかり。国宝曜変天目茶碗3点のうち、静嘉堂文庫所蔵分、大阪藤田美術館所蔵分は、折りに触れ公開されてきたが、この大徳寺龍光院所蔵分は、開創以来約四百年、一切の寺宝の公開を拒んできたもので、初めてMIHO MUSEUMで公開にふみ切ったという。観客が殺到するのはその所為だ。
大徳寺塔頭「龍光院」は、戦国武将の黒田長政が父・孝高(如水、官兵衛)の菩提を弔うため、慶長11年(1606)に建立。実質的開祖の江月宗玩(1574~1643)は堺の豪商・天王寺屋・津田宗及の次男で、宗及は織田信長と豊臣秀吉の茶頭を務めたことでも知られている。宗玩は優れた禅風と高い教養で知られ、当時の「龍光院」には、高松宮好仁親王、小堀遠州、松花堂昭乗らが集い、寛永文化の発信地となっていた。この曜変天目茶碗は宗玩の父であった津田宗及が所持していたとされるが詳細は不明である。三椀の曜変天目茶碗のうち、最も地味なものであるが、幽玄の趣を持つとされて評価が高い。
トンネルを抜けるとガラスの建物
これが入り口、残りの建物はすべて地中にある

MIHO美術館はあまり知られていないかもしれないが、琵琶湖の南、信楽の地にある。パリルーブル美術館のガラスのビラミッドやワシントンのナショナルギャラリーなどを設計したI.M.ペイがデザインした美しい美術館だ。建築物の80%は地中に埋設して、建物の上にも自然を復元している。山間の自然景観を大事にした美術館である。
中はこんな感じ
ガラスの天井から光が差て明るい

世界救世教から分立した宗教法人神慈秀明会のコレクションを展示するため、1997年(平成9年)11月に開館した。
コレクションはギリシャ、ローマ、エジプト、ガンダーラ、中国、中近東、日本に及び素晴らしい蒐集品が2000点以上展示されている。


実は、曜変天目茶碗は国宝3碗ばかりが話題になっているが、このMIHO美術館でも1点を所蔵。加賀藩前田家に伝えられたもので、1953年11月14日、重文指定を受けている。かつて大佛次郎(本名・野尻清彦)が所蔵していた。国宝3点とは異なり、曜変は内面の一部に限られ、この天目茶碗を「曜変」と呼ぶかどうかは議論がある。それでも美しい曜変がある。残念ながら他の国宝と異なり宇宙のブルーに輝く星空は見えないが、七色に変化する色調が美しい。

MIHO美術館所蔵の曜変天目茶碗
紫がかった色調がきれい

曜変天目茶碗はこれを入れて3碗見てきた、残りは東京、静嘉堂文庫蔵をぜひ見たいと思っている。6月2日まで展示されているので、訪れて曜変天目国宝3点と重文1点を制覇したい。

MHO美術館は今回で4度目の訪問、常設されている美術品も素晴らしいものばかりだが、それらの中で私が一番好きなのが、唐時代の官女俑である。

MIHO美術館蔵 唐 官女俑
とても繊細で動きがあり優美


2019年4月27日土曜日

藤田美術館展から (奈良国立博物館)

国宝・曜変天目茶碗
中国南宋時代の焼き物、世界に3点しか残っていない
大阪・藤田美術館展
6/9まで
奈良国立博物館で開催中の大阪・藤田美術館展を見てきた。目玉は「曜変天目茶碗」、現存するのは世界で3点しか無いと言われる国宝であり、中国で焼かれ、日本にだけ残された貴重な焼き物で次の3点である。静嘉堂文庫所蔵「稲葉天目」、徳川家光が病床の春日局に下賜したもの。春日局の子孫淀藩稲葉家に伝わったので、稲葉天目と言われる。もっとも優れていると言われる。2番目が今回展示されている藤田美術館蔵。水戸徳川家に伝わり、藤田美術館が所蔵している。3番目は京都大徳寺龍光院蔵で最も地味とされている、通常非公開。
光線によって色が変わる
曜変天目茶碗は、漆黒の器で内側には星のような大小の斑文が散らばり、斑文の周囲は青や青紫の雲がかかったようで、角度によって玉虫色に光彩が輝く。まさに「器の中に宇宙が見える」。いつまでも見飽きないし、いつまでも見ていたいと思う。言葉では表現できない魅力がある。今回の展示会は、大阪・藤田美術館がリニューアル工事中で、この間所蔵する国宝9件と国の重要文化財53点を展示している。
曜変天目は黒壁の専用ブースに置かれ、真上と左右からの照明が夜空の星に似た瑠璃色の輝きを際立たせていた。このブースだけがいつも長蛇の列が出来ていて20-30分ほど待つ、その他の展示物は空いていてゆったりと鑑賞できる。
茶碗の中に星空と宇宙がある

長く関西に住んでいて、大阪・藤田美術館は知らなかった。私設の美術館としてはおそらく最高の収集品を所蔵する。大阪市都島区網島町にあり、1954年に開館。
創立者の元男爵藤田傳三郎は山口県萩出身で、高杉晋作の奇兵隊に参加、大阪に出て明治の豪商として成功し、美術品数千点を蒐集した。
事業としては、岡山県児島湾の干拓、阪堺鉄道、山陽鉄道、藤田組(今の大成建設)などを設立、大阪商工会議所の会頭などを歴任、関西財界の重鎮として活躍した。
快慶作地蔵菩薩像
脚ほぞに快慶と弟子・行快のサインがある。
快慶が彫り、行快が玉眼を入れた事がわかる。
今回の展覧会では、曜変天目茶碗の他、奈良興福寺旧蔵の絵巻「玄奘三蔵絵」、快慶作「地蔵菩薩立像」、紫式部日記絵詞など国宝、重文の書画、文書、工芸品などが多数出ていて見ごたえのある内容となっている。曜変天目ブース以外は人の波も停滞しておらずじっくり見ることができるのでお勧め。6月9日まで開催。
可愛い亀の香合
中国明朝時代
目玉は曜変天目茶碗だが、他にも見るべきものが多い、明治の廃仏毀釈で打ち捨てられたり、外国へ売り払われたりする文化財を、藤田は買い求め収集品に加えていた。
中国北魏時代の仏像や、遺跡から発掘された考古品などもある。奈良・西大寺にあったとされる仏像彩画円柱(13世紀)が展示されており、直径20センチ、高さ3メートルもある巨木の柱8本に、16体の仏像が丁寧な線と豊かな色彩で描かれている。今は無い仏殿を彷彿とさせる。この柱が使われていた建物が何だったのか、不明である。
玄奘三蔵絵図
見ている人たちが、絵の中に孫悟空・沙悟浄がいないと笑っていた
空也上人像
京都六波羅蜜寺にもある

中国北魏様式
交脚弥勒菩薩像

2019年3月18日月曜日

スマホによる電子決済

スマホでキャッシュレス

関東圏ではJR東日本のスイカがいち早くスマホに対応し、単なる交通カードの域を脱して汎用電子決済マーケットを作り出した。もちろん、Appleやアンドロイドをツールに出来たことが大きいが、新しい支払い方法に先鞭をつけたのが成功の鍵だろう。一方、関西圏ではJR西日本のイコカや私鉄のピタパはいつまで経っても、スマホ対応しない。暫くして、スマホ対応スイカが、イコカやピタパも包含する形でスマホ決済をサポートすることになったので、できる限り電子決済で生活してみようと、1月から使用を開始した。iPhoneアプリのウォレットをインストール、スイカ以外の電子決済もクレジットカードを登録して電子決済可能にした。実際にはクイックペイ、IDなどの支払いサービス・アプリケーションが店頭での決済窓口となる。さらに話題のPaypayも入れた。初めは慣れないので、支払いに手間取ったりしたが、慣れてくるとこの便利さからは離れることができなくなる。現金をほとんど使わない、小銭に煩わされない、バスや電車の支払いから、コンビニの支払い、飲食店や本屋の支払いなどほとんど現金を使わないで済む。さらにいつでも電子決済で支払った合計金額や明細をスマホから確認できる。スマホさえあれば良い。

先週、東京へ行った時、極力あらゆる支払いをスマホで済まそうと実践してみた。その結果、分かったことは、細々した支払いは大抵電子決済でできる。ところが、大手デパート、銀座三越、松屋、GSIXでは電子決済に対応していない。ホテルの支払いも電子決済ではでだめと言われた。これだけ中国の観光客が多いにも関わらず、アリペイも受け付けられない。(Paypayはアリペイとして使える)。
プリペイ型とポストペイ型がある
関西圏では、阪神デパート、阪急デパートではOK、阪急西宮ガーデンズでもOKだったので、関西圏の方が普及している可能性が高い。しかし、いつも買い物をするスーパーでは使用不可、このスーパーでは最近、レジの効率を上げるためにレジ係員は商品の精算作業だけを担当し、支払いは精算結果を見て客が自分で支払う方式に変えたばかりだ。
扱えるのは現金のみで、次世代の支払い方向に完全に乗り遅れている。クレジットカードさえ使えない。海外ではどんな田舎のスーパーでもクレジットカードは使える。
支払いはスマホを端末にかざすだけ
まだ使えるお店は少ないがコンビニはOK

Paypayは店頭で、スマホのQRコードを読み取るか、端末がなくともレジでQコード提示すれば客はスマホでそれを読み取り、支払い金額を入力して終わり。店側にとっても費用が少なく、簡便に導入できる。
Lineペイや楽天などこの分野の競争が激化している。まだPaypayが使えるお店は少ないと言う印象だ。近隣諸国では、中国、韓国、インドなどキャッシュレスが普及しているし、日本政府も政策としてポイント制導入等で普及を図るようだ。
QR決済は、3次元バーコードQRを読み取って終わり
過去の新技術普及の歴史を見ても、最近は指数級数的なスピードで広がっている。例えば利用者5000万人に達するまでの時間を見てみると、
固定電話 75年、TV 13年、インターネット 4年、モバゲー 35日となっている。韓国の電子決済割合は全国民の80%を超えているとさえ言われており、日本でもここ1-2年で爆発的に普及するのではないか。クレジットカードを経由しないで、銀行口座から直接支払えるサービスも大手銀行が始めた。

認証はタッチIDかフェースIDなので安心
使うときはボタン2回押しですぐ使える、プラスチックカードより便利で安全

2019年3月16日土曜日

Walindi, Papua



my diving colleagues 

I went out for diving to the South Sea in February this year. This is the second visit to Walindi, Papua Niugini. It was in July 2016 the first visit to Walindi and was very exciting and impressive dives we could have.
 Usually, June or July is supposed to be the best season, but this time we had an urgent reason to change the place to go just before starting. Originally, we planned to visit Tawari resort, however, An armed robbery came out there, met with the police, and four of the thieves died. Japan's Ministry of Foreign Affairs issued a danger warning for travel to Tawali. We had no choice to change our destination even the rainy season in Walindi is not the best.
I am getting stuck in the barracuda flock
Papua is far south from Japan
6 hours of flight
Walindi is a small island next to Papua main

















During our stay for one week, every day, we had rough weather, we wake up by the thunderstorm in the early morning, still we have to go dive with a small boat.
The sea, including the sea condition, was not good enough, but it was also healed by PNG, thick fish shadows and untouched corral.
You will see how Walindi's sea are rich with fish with the following movie.
m/keiko.yamoto.7/videos/1470743306393612/

As always here in New Britain Island, the sea does not disappoint our expectations. A huge killer whale crosses just below the ship, and several whales have been shown. The food at the hotel is delicious, the staff is well organized, they have 20-year management experience. It is a diving spot I would like to go to again in good weather if possible.

big killer whale come to our boat
It does not change the nature of Walindi, local people, water, fish, however our colleagues are getting old, a leader is now age 82, half of our group are over 70 years old. Time has passed so quick, but a lot of beautiful memory are stacked which will be never fade away.
table corral are growing

beautiful sunset in the last day

2019年2月9日土曜日

AI化は知らない間に浸透している

事前精算するとなぜ出口で
ゲートが開くのか?
テレビやネットでAI(人工知能)が話題になると、人間の仕事を奪う、さあ大変だみたいなことばかりで、うんざりする。マスコミの情報の伝え方はいつもセンセーショナルで煽るのが習いだ。しかし現実には、我々が知らないところで少しづつデジタル化やAI化が浸透しているのを感じる。先日も、何故こんなことができるのかと不審に思ったことがある。駐車場でのことだ。有料駐車場では入口で駐車券をもらう、そうするとバーが上がって入場できる。出るときは、出口で駐車券を入れてお金を払うとバーが上がる。
最近の大きな駐車場だと、現金決済で出口が混まないように事前に精算機でお金を支払える、でも駐車券は必要、出口では駐車券を入れればお金が不要でバーが上がるのが普通だ。ところが、あるデパートの駐車場で、事前に精算機で料金を支払い、駐車券を持参し、車で出口に向かった所、駐車券を出さないのにバーが自動的に上がった。何故ゲートは私の車がすでに駐車料金が支払い済みであることを知ったのだろうか。
ETCみたいに駐車券が電波を発してゲートとデータのやり取りをしているのかとも考えたが、駐車券は前と同じで、磁気媒体のもの、機械に読ませないで無線でやり取りすることは不可能のはず。不思議?????
答えはナンバープレート認識システムにあった
この間じっくり入場済の駐車券を見てたら疑問が氷解。入場券に入場時刻とならんで私の車の番号が印字されていた。要は入場したときにカメラで車のナンバープレートを撮影、デジタル化してシステムに上げているのだ。店内で精算した結果はナンバープレートと共にシステムに登録され、駐車場の出口で再びカメラによるナンバープレート認識でバーが上がる仕組みだ。単純な仕組みだがちゃんと機能しており、他の大規模駐車場でも同じことを経験したので、適用が広がっているのだろう。これは、カメラとAIによるナンバープレート認識とデジタル化の成果であることは確かだ。

このように生活の中で、知らない間にデジタル技術やAIが浸透し、活動が効率化されているのを感じることが多くなってきた。マスコミのインタービューでAI科学者に人工知能は怖くないかとの質問で、科学者は笑いながら、スマホは怖いですか?と答えていたのが印象的だった。スマホはほんの10年前の生活を抜本的に変化させている。
今誰もがポケットに入れているスマホは、ほんの20年前くらいにはとても高価で先端的な技術で作られた機器とソフトだった。現在のスマホで普通に使える機能は、その頃富裕層しか手にできなかったものばかりだ。

現在のスマホで使える機能のオリジンと価格を算出してみると全部で
1億円以上のものだった。スマホソフトやインターネット技術を
もっと価値が高くなるだろう。
このリストはハードウェアーが主だが、これにネットによるサービス、例えば
支払機能(アップルペイ)、
電子書籍(読み放題サービス)、
ニュース視聴、
TV(YouTube)、
予約サイト、
購入サイト(Amazon)、
健康モニタリングサービス(Apple 健康モニタリング)、
クラウドストレージ(1兆語で1万円/年)などを加えれば莫大な価値になるだろう。子供でもスマホを使っている時代、スマホに盛られている機能は、我々が気づかない間に実装されスマートになり、生活に浸透。しかもAIの利用によりさらに高度なサービスへと進化している。そしてスマホ
1台に多くの機能が集約されてきたように、人間活動のあらゆる分野で同様の機能進化と集約が始まっている。

特殊用途AIから汎用用途へ

2019年1月15日火曜日

日本最古の官寺 奈良大安寺 


奈良 大安寺を訪問した人は殆ど居ないのではないか。そのルーツは聖徳太子の「熊凝精舎」まで遡る最古の寺院の一つであるが、何度も再建され、移設され終には地震や戦乱で焼失。現在はわずかに小さな堂宇が残るのみである。だが平城京時代には、東大寺、西大寺に対して南大寺と称され、3大官寺(国立寺院)の第一として栄えた歴史を持つ。
寺伝による由緒を簡単にまとめると次の通り。


622年 推古天皇が田村皇子を遣わして、病床の聖徳太子の病気を見舞っ
   た折、太子の私寺、熊凝精舎を大寺(国営寺院)にすることを依頼
639年 田村皇子、百済川のほとりに初の官寺、百済大寺を建立するが、
    塔と金堂が焼失
668年 丈六釈迦仏像と菩薩像を安置する
仏像は宝物殿に集められている
673年 百済大寺を高市に移設し
    高市大寺(大官大寺)
    と称する。
711年 大官大寺、藤原京都ともに
    焼ける 
716年 大官大寺 平城京へ移設
745年 大官大寺を大安寺と
    あらためる
1116年 大江親道、大安寺を訪れる
1140年 大江親道 大安寺を訪れ七大寺巡礼記を書く
1596年 大地震で伽藍の殆どが全滅
金堂 堂宇はほとんどこれのみ

このように非常に古い歴史をもった寺院だが、今は広い敷地にぽつんと寂しく堂宇が残っているだけで盛時の面影を想像することが難しい。そんな中、奈良時代の古い仏像が残っているのも奇跡だ。しかし、平安期にまだ広大な寺域に伽藍があり、今は消失した釈迦如来像や菩薩像の様子などがわかる資料が残されている。
上記、年表中、大江親道が二度も大安寺を訪問した記録が、七大寺巡礼記として残されている。
その記録をたどると、消失した大寺院のことがわかる。
伝馬頭観音像
奈良時代

七大寺巡礼。879年10月清和上皇の大和国の名山巡礼以降,貴族による
南都七大寺(東大寺,興福寺,元興寺(がんごうじ),西大寺,薬師寺,大安寺,法隆寺)を巡る七大寺巡礼が大流行した。金峰山詣,長谷詣,熊野詣など有名だが,このような気運は藤原貴族と関係の深い南都諸大寺にも及び,法華寺,唐招提寺などの諸寺も巡拝の対象となった。1106年と40年の2回にわたって大江親道(?‐1151)は七大寺巡礼を行ったが,今日その時の記録として《七大寺日記》《七大寺巡礼私記》が伝えられ,院政期の諸大寺の実情を伝えるうえで貴重な資料とされている。
十一面観音
奈良時代

大江親道の詳しい履歴は分かっていない。平安時代末期、散位の者で(位階はあるが官職のない者)、位階は4位か5位の(侍従から地方長官職相当)の“貧乏貴族”だった(?)。『釈書』に「家産少なきも、恬淡として自ら守る」と書かれている。俗世界にいて仏教を重んじ、教典の中の仏舎利に関する文献類を集めたという。
そんな親通が、1116年に奈良の名刹を訪ね、現状を記録して『七大寺日記』を著した。それから34年たった(1140)、再び南都古寺を歴訪してできたのが『七大寺巡礼私記』である。このころ盛んになりつつあった末法思想・浄土思想に押され、また平安遷都から200年を経て繁栄の度を失いつつあった飛鳥時代以来の伝統を誇る、奈良の名刹の現状を見つめようという気持ちが強かったらしい。「建物や仏像の美しさとか立派さとかは、それぞれの人の目や心によって好悪の違いがある」と断言し、拝観した対象の優劣の判断は見る人に任すべきであると、美や芸術に対する根本態度を示していて、鑑賞の道を心得ている。ただ、特に気に入った作については「神妙なり」(立派だ)とか「見るべし」などと、自分なりの評価をしているのが面白い。彼の鑑賞眼が我々現代人の美術鑑賞方法と同じなので
好感が持てる 

山門は近年に再建
大安寺と同様、一度は寂れた薬師寺、興福寺などが最近
再建され立派になっていく中、忘れ去られようとする大安寺が不憫











2018年12月16日日曜日

女人高野 室生寺

かわいい五重塔
訪れてしばらく経ったが、初秋の室生寺にでかけた。奈良の寺院は市内を除くとどこも足の便が悪い。室生寺や長谷寺はその典型だ。電車でも、車で行っても遠い。前回行ったのはいつ頃だったのかも思い出せないが、女人高野の名にふさわしい美しく小さな五重塔だけが記憶に残っている。女人高野と優しい名称が魅力だが、実は「女人高野」と言われるようになったのはいつ頃か、はっきりしない。元々、この寺は法相宗だったが、天台宗も兼ねていた。その後、真言宗と天台宗の道場となり、現在は真言宗室生寺派の総本山である。江戸時代、元禄年間に徳川五代将軍綱吉の母、桂昌院の寄進を受けて堂塔の復興をしており、桂昌院という大スポンサーを得たことで、女人禁制の高野山に代わって女性に門戸を開いたという説がある。1998年の台風で樹木が五重塔に倒れ込み、5層目から1層目までが壊れどうなることかと心配したが、無事修復、以前と変わらぬ美麗な姿に戻った。その修理時、奈良文化財研究所が壊れた木材を年輪年代測定法で調査したところ、794年に伐採されたものと判明。塔の建立年代を800年頃とする従来の定説が裏付けられた。

国宝 金堂 釈迦如来立像他
わずか5間四方くらいのお堂に、5体の大きな仏像があり窮屈な感じがする。更に釈迦像を中心にしているのに、脇侍が揃っていないし、大きさもばらばらである。
白洲正子の十一面観音巡礼によると、「はじめは三尊像で、本尊の釈迦も実は薬師ではないかと言われている。そうなると脇侍の薬師も行き場を失うが、金堂の蟇股には薬壷が付いており、本尊が薬師如来であったことは疑えない。仏像の大きさも、形式もまちまちで、それはそのまま室生寺が経てきた複雑な歴史を物語っている。」としている。
金堂内陣 本尊は釈迦如来像とされるが、薬師如来の眷属である十二神将がいるので、
本来、薬師ではないかとも言われる

国宝 金堂壁画
金堂の来迎壁(諸仏を安置する内陣須弥壇の背後にある壁)の中央部に描かれている壁画。「板絵著色伝帝釈天曼荼羅図(金堂来迎壁)」の名称で国宝に指定されている。しかし、来迎壁の真正面に金堂本尊の釈迦如来像が立っているため、釈迦如来像の光背の右横にわずかに見えるだけだ。壁画は縦長のヒノキ材の板を横方向に5枚繋げた上に描かれ、白土下地に彩色されている。この壁画の主題は諸説あってよくわからないが、明治45年(1912年)、美術雑誌「国華」に「帝釈天曼荼羅」として紹介されて以来、「伝帝釈天曼荼羅」と称されている。9世紀後半ごろに描かれたようで、数少ない絵画作品の現存例として珍しい。


普段は見えない。右端の部分が釈迦如来像光背の横に少しだけ見えている


国宝 十一面観音立像 
高さ196.2cm カヤの一木造りで平安時代初期の作とされる。肉付きがふっくらとして、唇の朱色も生々しく残っており、女性らしいかわいい系のイメージが強い。日本の観音像は女性らしさを感じられるのが多いが、室生寺の十一面観音像は特にその感じがあり、女性に人気が高い理由もわかる。体軀には、装飾的で華麗な飜波式衣紋(ほんぱしきえもん)を鋭く切り込んであり、その上品な存在感は他に類例を見ない。乙女のような表情は、女人高野・室生寺にふさわしい。
女性的な十一面観音

弥勒堂 国宝 釈迦如来座像
今回の室生寺では、ぜひこの仏像に再会したかったのだが、弥勒堂は現在修復中、釈迦如来様は奈良国立博物館仏像館にお出かけとのこと。がっかりしたが、後日、奈良博・正倉院展に行った時、中央展示室の真ん中に座したお姿に会ってきた。仏像を鑑賞するにはこちらのほうがじっくり拝観できて良かったかも、その魅力は誰をも立ち去り難くさせる。
像高106.3センチ。普段は弥勒堂の本尊に向かって右に安置される。伝来や造像の由緒は一切不明だが、作風から平安時代前期(9世紀)の作とみられる。
写真家の土門拳は昭和十四年に初めて室生寺を訪れ、この仏像に心を奪われ、「天下第一の美男の仏像」と絶賛した。
弥勒堂 釈迦如来座像
美男におわす かな?
平安時代前期の仏像の白眉
土門拳 絶賛の美男仏像