Thursday, April 9, 2009

ネットとマスメディア


携帯電話をiPhoneにして8ヶ月が経つ。 その間iPhone用のアプリケーションソフトは、全世界77カ国で25,000本も登録され、Apple storeから8億本もダウンロードされたという。

使っていて、不満な点は電池がすぐに切れることだ。 iPhoneは単に電話としてではなく、いつでも使えるネット端末としての機能を評価して使っている人が中心であるため、会話機能より、インターネット端末として使っている時間の方が圧倒的に長い。 そうすると液晶画面を操作する時間がほとんどでこれが電気を喰うのだ。 電池がすぐに無くなるのは致命傷でユーザーは皆不満を持っている。
それでもiPhoneを手放せないのは、機能アップがソフトウェアーのバージョンアップで簡単に実現してしまうため、ユーザーが増えれば増えるほど、時間が経てば経つほど、知らぬ間にiPhoneの機能が追加改善されて成長することによる。 突き詰めれば、このことが他の普通の携帯電話と根本的に異なることだ。 普通の携帯電話はハードウェアー中心で、機能の改善や新たな機能追加は新しい電話機を購入することで実現するのに対し、iPhoneは知らない間にそれが自分のマシンで実現してしまうのだ。 
森公美子のように、単なる電話機能しか求めない人が購入すると、「こんなの使えねー」ということになり、無用の長物となるが・・・・

さて、インターネット端末がいつも手元にあると何かが変わってくる。 ニュースへの接し方がマスメディアに依存していた頃と比べて格段に多様化してくる。 世間一般には、「テレビ=マスメディア=良識ある報道、精度の高い情報」対「インターネット=個別メディア=無責任でいい加減な情報」という構図で話されていることが多い。し かし、よく見ているとテレビ局だって新聞社だってインターネットの情報にかなり依存していて、テレビ対インターネットという構図はまったく的外れなのが分かってくる。

さらにiPhoneは16ギガも容量があるので、考えられなかったようなものも持ち歩けるようになる。
例えば、美術図鑑(これがすごいのだが、長くなるので、次の機会に譲る)、英和・和英辞典、大辞林、ナビ、さらに、動画(映画やTV番組など)も持ち出すことができて、細切れの時間で視聴することも可能になる。 TV局からすると、決まった時間に見てほしい、という意向だが、iPhoneに限らず、ネット端末が普及している今日、決まった時間にTVの前で番組を見ることのほうが異常に感じられる。
この変化はTVに高いお金を払ってCMを出しているスポンサーに多大な影響を与える。 スポンサーが意図する視聴者は期待する時間帯にはいないし、そもそもCMスキップ機能でCMがカットされているのだ。

 そのあおりを受けて、民放5局の収益の悪化のペースは予想以上に早い。2008年3月期の決算を見ると、売上高は前期比で微減にとどまっているが、純利益は4局で前期比 30―50%程度の減少となっている。加えて、今年の第1四半期の決算では、3局で経常利益が前年同期比40%以上の減少となっている。

今後は、人口減少や少子高齢化のため、広告宣伝の対象で ある国内市場が縮少するだろう。企業の広告費は、景気変動に関係なく構造的に減少トレンドに入った可能性があるのではないだろうか。

さらに、マスメディアとユーザーとの関係が変化している。 ネット上ではユーザーは見たいときに見たい映 像を見ることができる。 放送局が設定した時間にユーザーをテレビの前に座らせて“見させる”いまのビジネスモデルから、「見たいときに見る」というユーザー主導型へ大きく変わりつつある。

そして決定的なのは、番組の質の低下である。本当に面白くて世間が注目する番組ならば、誰でも見たがるはずだし、その際はパソコンや携帯よりもテレビの大画面の方が好 まれる。例えば、最近のWBCの対韓国戦がよい例だ。 番組自体がつま らないから、ユーザーはテレビから離れ、広告費も離れて行くのではないだろうか。

最も大切なことは、昔から続く日本のメディアに共通する多様性の欠如である。かつて新聞が軍を絶対に批判しなかったように、今はテレビも新聞も同業者や身内の総務省電波政策などは絶対に批判しない。過去の一連のネット企業対TV局の闘争を見れば、よく分かる。

日本がなぜ勝ち目のない対米戦争に突っ込んでいったのか、というのは近代史の最大の疑問だが、最近の研究では メディアの役割を重視するものが多い。二・二六事件のような軍事クーデタについても、当時の新聞は圧倒的に青年将校に同情的だったらしい。 対米戦争についても、 軍の中枢では慎重論もあったのに、新聞は一致して主戦論だった。 その当時の「空気」を読むと対米開戦に反対することはむずかしかっただろう。
最近のマスメディアのニュースの取り上げ方を見ていると、どの局も同じトーンの報道で、その頃と同じではないかと感じることが多い。

ネットはマスではなく、一人一人が情報を受け取り、発信し、評価を共有化する道具であることから、もともと多様性を支える仕組みになっている。
ネットの健全な利用がこの国の多様性を支えてゆくのではないかと思う。
団塊の世代がネットをフル活用すれば、少しはこの国の方向を変えられるかも知れない。

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