Wednesday, May 15, 2013

當麻寺の仏



連休は良いお天気に恵まれ、冬ごもりから目覚めたクマのように家から這い出して、奈良當麻寺を訪れた。 ぼたんの花も満開で気持ちのよい一日となった。
當麻寺は子供の頃から中将姫の絵本や、能「当麻」、歌舞伎、浄瑠璃などで人口に膾炙しているが、本当のところは余り知られていない。 私も調べてみて分かったことも多い。
中将姫物語を聞いたことのない人はこちらを参照ください。
日本最古の塑像仏
中将姫伝説があまりにも有名になったため、當麻寺を訪れる人は中将姫物語を思い起こさせる中将姫像(屋内、屋外にある)を参拝して帰る。

実は、當麻寺はとてもユニークなお寺なのだ。
本堂には塑像の弥勒菩薩像が本尊として祀られているが、信仰の対象としては、金堂の當麻曼荼羅図が本尊である。當麻曼荼羅図は中将姫が出家して、一夜にして、5色の蓮の糸で織り出したと言われている。
異国風の四天王像
さらに、當麻寺自体には本坊がなく、真言宗と浄土宗が並立しており、日替わりで2宗派がお参りしている。
元々はこの地に勢力を持っていた豪族葛城氏の一族であった当麻氏の氏寺として作られた。本堂の国宝・弥勒菩薩像は2メートルを超える塑像、右腕の前腕部の半分から先と左手首は木製の後補、さらに左腕、両膝の衣紋、螺髪なども修復されており、満身創痍だが、日本に現存する最古の塑像仏で大変貴重な仏像である。
また、金堂にある乾漆四天王立像(重要文化財)も日本における四天王像としては法隆寺の像に次いで二番目に古い。顔つきは写実的で、ひげを蓄えるなど異国風な作りが特徴。
二上山の夕日
塑像(土作り)や乾漆仏は、白鳳・天平時代にもっとも作られたのもので、境内から発掘された磚仏や古瓦など、すべて天武朝頃(7世紀後半)を示しているが、はっきりしたことは分かっていない。

当寺の山号を二上山と言い、寺は二上山の麓にある、二上山は峰が2つあり、その間に夕日が落ちるので、西方浄土への入り口で、古代より死者の魂がおもむく先とされてきた。
奥の院 25菩薩
天武天皇崩御後、持統天皇は我が子草壁皇子を後継にするため、大津皇子を殺害、皇子は二上山に葬られた。仲の良い伊勢神宮斎宮だった大来皇女は弟の死を悼み、有名な歌を万葉集に残している。
「うつそみの人なる我や明日よりは 二上山を弟と我が見む」

本尊である国宝・當麻曼荼羅図(根本曼荼羅)のオリジナルは損傷が激しく、絵画なのか織物なのかはっきりしなかったが、科学的学術調査により、織物であることが分かった。
しかし、中将姫伝説にある「5色の蓮の糸
」ではなく、絹糸、平絹糸、撚絹糸で織られた綴織であること、日本には綴織の作例が少ないなど、技法、図様から中国製であるとしている。根本曼荼羅は損傷が激しいため公開されていないが、今年4月より奈良国立博物館にて特別公開され話題となった。
根本曼荼羅(復元版)

No comments: