2014年11月25日火曜日

ポスト印象派 ニューヨーク近代美術館


Bell 47D1 ヘリコプター

アメリカの美術館トッピクスは、今回のニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art, NY)で終わる。
IBM NYビル
ニューヨークのミッドタウン、IBM・NYオフィスから目と鼻の先にあり、前を何度も通っていたが入ったことが無い。
今回、慌ただしい時間の中で見て回り、なんと勿体無いことをしていたのかと気付かされた。 こんなに楽しい美術館は他に無い、子供たちを連れてくれば一日中駆けまわっているだろうし、絵が好きな人(中世宗教画や印象派フリーク以外)なら大満足だろう。一般的な美術館収蔵品から、かけ離れた建築、商業デザイン、
楽しそうな勉強会
写真撮影も自由
ポスター、写真、映画まで何でもあるが、すべて選びぬかれ洗練されたものばかり、いわば大人のテーマパークみたいな印象だ。

MoMAの運営委員会には、経済界の強力なビジネスリーダーたちが携わっており、経済支援システムを盤石なものにしている。これは、単に寄附行為を指すのではなく、世界各国の美術関係者と人的ネットワークを構築・交流するプログラムを定期的に実施して、コレクション
アンディ・ウォホール
キャンベル・スープ
の貸出で報酬を得るビジネスモデルが機能しているのだ。にも関わらず一般入場料25ドルはニューヨークで一番高いと思う。(私は65歳以上料金18ドルだったが)

この美術館は、開館第1回展がポスト印象派展だったことからもわかる様に、セザンヌ、ゴーギャン
マグリット
、スーラ、ゴッホなど、印象派以降の絵画が中心。中世アカデミズム絵画を見ていた人達が、印象派の絵を見て新鮮さや、自由さに驚き、急速に受け入れた様に、印象派ばかり見ていた人たちにとって、衝撃のあるポスト印象派の絵画が熱狂的人気となった。印象派の綺麗さばかり見続けていると、もっと刺激が欲しくなる、ゴッホが、マチスが、ピカソが、そしてモンドリアンのような抽象がよくなってくる。
ルソー
まさに、この欲求を完全に満たしてくれるのがMoMAだ。ピカソ、ダリ、ルソー、マルグリット、ミロ、マティス、キリコ、カンデンスキー、ブラック、シャガール、クリムト、ムンク、ロートレック、ホッパー、ジャコメッティ、リキテンシュタイン、ウォホールなど。モダンアートの領域に入るときりがない。
絵画だけでも、すごいのに、工業製品デザインなどもあり、日本の携帯
モンドリアン
電話、IBMのノートパソコン、日本人設計の車いす、テクニクスのレコードプレーヤーなど、面白い物が多すぎて見るのに時間も体力も足りない。
さらに映画も、ディズニー映画、小津安二郎の映画、チャップリン映画などなど、好きなだけ見るには年単位の時間が要る。

美術館は本来、楽しく、わくわくするところ、ほっとするところ、そして、自分を忘れて呆然とするところである事を気づかせてくれる、それがMoMAだ。
レジェ
マティス




2014年11月19日水曜日

フェルメールの追っかけ フリック・コレクション NY

(青いターバンの少女)
フェルメールが好きで、彼の作品が来日すれば必ず見にゆく。海外に出て、現地の美術館にフェルメールがあれば訪問する。
(聖プラクセディス)
フェルメールは寡作で、生涯(1632-1675)にわずか37点の絵画しか残していない。しかし、そのいずれも一度見たら人を虜にさせる魅力がある。初めてフェルメールを見たのは、2000年7月、大阪市立美術館に「フェルメールとその時代」展がやって来た時だ。
有名な「青いターバンの少女」(ハーグ、マウリッツハイツ美術館)をはじめ、「聖プラクセディス」
(リュートを弾く女)
(個人所有だったが、今年7月オークションで10億円を超す価格で売られた)、「リュートを調弦する女」(NY,メトロポリタン)、「天秤を持つ女」(ワシントン、ナショナルギャラリー)、「地理学者」(ドイツ、フランクフルト美術館)の5点が一度に展示された。
(天秤を持つ女)
特に「青いターバンの少女」は超人気。連日この絵の前には人が溢れ、見えない状況が続いたため、2度行ったこと、亡くなった父を誘って二人で初めて美術館へ行ったことなどを覚えている。

フェルメールの作品は数が少ないのに加えて、世界中
(地理学者)
に拡散している。
その分布は、ドイツ・ベルリン2点、ドレスデン2点、ブラウンシュバイク1点、オーストリア・ウィーン1点、オランダ・デルフト1点、アムステルダム3点、ハーグ3点、ロッテルダム3点、イギリス・ロンドン4点、エジンバラ1点、ダブリン1点、フランス・パリ2点、アメリカ・ワシントン3点、フィラデルフィア1点、ニューヨーク7点、不明2点 となっている。多分生涯かけても全点の追っかけは不可能だろうが、現在誰かに売られた聖プラクセディスに対面したことがあるのは、奇跡。

しかし、日本人のフェルメール好きが幸いして、各美術館所有のものは、大抵一度は日本に来て展覧会が開かれている。
(小路)
今回、ニューヨーク・フリック・コレクションで3点見たのだが、フリック・コレクションはUSスティールの創始者ヘンリー・クレイ・フリックによって収集された作品を展示する個人邸宅美術館である。作品は外部に貸し出さないので有名、ここに来ないと会えない作品ばかりだ。
さらに、NYでは、メトロポリタンに4点あり、同時に7点も見ることができて、幸せだったし、豪華で贅沢な気分を味わった。



世界で最も美しいと言われた風景画(デルフトの眺望)





2014年11月11日火曜日

ボストン美術館 仏像が来た道

ボストン美術館

ボストン美術館(Museum of Fine Art, Boston)は1876年創立、45万点の美術品所蔵を誇る世界でも有数の美術館である。
展示物は 「アメリカ」、「ヨーロッパ」、「アジア」、「アフリカ・オセアニア」、「古代世界」、「現代」、「写真」、「版画・素描」、「織物・ファッション」、「宝石美術」に層別されている。じっくり見れば各々まる1日は必要だろう。
ヒンズーのシバ神
仏教で不動明王となる
今回は、アジアの中の仏像だけを集中的に見た。アジア・コレクションでは特に日本の美術品が有名。明治時代、日本政府から招聘されたモース(大森貝塚の発見で有名)、モースの推薦で東京大学の教授になったフェノロサ、彼の弟子であり、後にボストン美術館東洋部長になった岡倉天心などが、明治維新の混乱期に廃棄されたり、廃仏毀釈で捨てられてゆく多数の日本美術品を収集・保護した。
ヤーマンタカ
仏教で大威徳明王
また、モースの友人で彼と来日したビゲローは日本伝統文化の熱烈なファンとなり、三井寺に入門・修行して「月心」の法名まで得ている。彼は美術品、特に絵画、浮世絵を集中的に収集し、その点数はボストン美術館の浮世絵54000点の大半を占め、「日本美術を見たければボストン美術館へ」とまで言われるようになった。日本美術だけに限ってもこれだけのコレクションがあり、すごいのだけど、今回は敢えて仏像が来たルーツを辿ってみた。
マハービラ像
釈迦と同時代のジャイナ教の
開祖、仏教の6師の一人
仏像が作られるようになったのは、釈迦入滅後300-500年経って、ヘレニズム文化の影響でギリシャ彫刻に類した彫像がパキスタン北部地方で生まれた言われている。仏教の勢力拡大に伴い、インドのバラモン教(後にヒンズー教)の神々も仏像に取り込まれ、今日、日本にある仏像、特に明王、天、将、八部衆、二十六部衆などが作られた。
 
薬師如来像、8世紀韓国製
岡倉天心が収集したもの
種類からすると仏像のほとんどはヒンズー教由来と言っても良いくらいで、古代インドではあらゆる神々はすべて仏像になっていた事になる。
ところが、インドでは結局仏教は捨てられ、ヒンズー教が残り今日に至っている。日本でも明治政府の廃仏毀釈で、日本の古来神道が国家宗教となり、危うく仏教が滅びそうになる局面があったが、その後、古い文化が保護されあらゆる種類の仏像が日本に残ったのを喜ぶべきだろう。
由来不明だけど迫力満点







2014年11月2日日曜日

2014年度 正倉院展から



衲御礼履(のうのごらいり)

今年も正倉院展が始まった。ウィークディの午前中を狙って行ったが、既に、30分待ち。今年は「66回 天皇皇后両陛下傘寿記念」。私と同様、高齢者の観客層が多く、車いす、杖を持った人達が目立つ。
ガラスの水差し
ペルシャからやって来た
出品数59件、内初展示は6点。今年の目玉は天平美人として名高い「鳥毛立女屏風」4面、全部で6面あるが、内2面は現在東京国立博物館へ出張中。「天平美人」は以前、このブログで取り上げたが、閲覧数3番目の人気、クリックして見て。聖武天皇が東大寺大仏開眼会で履かれたと言われる革沓、衲御礼履(のうのごらいり)が、いま出来たのではないかと思うほど新しく、きれいなままの状態で観られる。
さらに、ペルシャで作られたと伝わる、透明ガラス
の白瑠璃瓶(はくるりのへい)がはるばるシルクロードを超えてやって来て、傷一つなく、現在こうやって目に前にあることの不思議さに感動する。
宝物の献納目録を代表する『国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)』には多数の武器・武具が記されている。それらの大半は藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)(恵美押勝[えみのおしかつ])の乱(天平宝字8年[764])に際
桑木阮咸(くわのきのげんかん)
4弦で胴の絵が綺麗
して出蔵され、ほとんどが戻らなかったが、これらの武器・武具が、まとまって出陳されるのも話題の一つ。豪壮な黄金荘大刀(おうごんそうのたち)や類例のない武器である手鉾(てぼこ)、漆葛胡禄(うるしかずらのころく)とこれに附属する箭(や)など、天平の「武」の部分も面白かった。特に手鉾は後の薙刀を彷彿させる形だが、刃の形状が色々で、殺傷力を上げるために工夫したのだろうと想像する。

鳥毛立女屏風