2018年9月9日日曜日

土のピラミッド 奈良頭塔

奈良 頭塔
土製のピラミッド
奈良の市内、住宅街の真ん中に土のピラミッドがある。奈良時代に土で築かれた方形7段のピラミッドだ。史跡頭塔、新薬師寺から700メートルほどの住宅街にあるので、すぐ近くまで行かないと存在が分からない。
塔には入れない
奈良時代(767年)東大寺の僧実忠が土で作られた塔を築いたと古い文書にある、これが頭塔(ずとう)と呼ばれるピラミッドだ。昔から奈良時代の僧玄昉の頭を埋めた墓と言い伝えられてきた。僧玄昉は聖武天皇の時代、737年僧正に任ぜられ、聖武天皇の母 藤原宮子の看病をし、それを契機に政治に参与。吉備真備とともに藤原氏に代わって権力を振るい、藤原氏と対立。大宰少弐、藤原広嗣は玄昉と吉備真備を除くよう要求して740年九州で乱を起こし敗死したが、玄昉も745年筑紫 観世音寺に左遷され、翌746年同地で没した。その際、空中から広嗣の霊があらわれて玄昉を連れ去り、後日、頭だけが興福寺に落下、それを埋めた墓なので「頭塔」と呼ばれた。
実際には、土塔(どとう)がなまって頭塔(ずとう)となったものと考えられる。
五重塔だった?

土塔の役割は、五重塔と同じように仏舎利(釈迦の骨に見立てた宝物など)を収める仏塔の一種とされる。 頭塔には第1・3・5・7の奇数段に各々11基づつ、総数44基の石仏が配置されていた。現在はそのうち28基が確認されており、1基は大和郡山城の石垣に転用されているのが発見されている。
石仏に各々屋根が配置されている
石仏には、石の表面に仏の姿を刻んだものや、逆に仏の姿を残して石の表面を削ったものなどがある。仏の姿にも、単独で座った姿や、従者と並んで座った姿、さらに、仏の周囲に小さな仏を多数配置したもの、周りに異国風の植物文様をあしらった覆いがあるものなど、バラエティに富んでいる。
石仏
石仏

町中にあるのだが、奥まったところにあるため目立たない。バス停破石町で降りると目の前にホテルウエルネス飛鳥路がある、その駐車場の奥に頭塔入り口(木戸)がある。
ホテルのフロントで拝観料(300円)を払って入る。新薬師寺や春日大社を回る市内循環バスで通り過ぎることは多かったが、今まで気が付かなかった。
大阪府堺市にも、奈良時代の僧行基が建立したと伝わる土塔があり、こちらは大野寺の十三重の塔である。
新薬師寺も近い

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