2018年11月16日金曜日

コスモスと仏像 奈良 般若寺


境内15万本のコスモスが満開
十三重石塔は重文、5層目から阿彌陀佛が出て、
さらにその阿彌陀佛台座から3体の胎内仏が出た
秋晴れの一日、奈良の般若寺で満開のコスモスと古い仏像を拝見にでかけた。奈良般若寺と言われてもどんなお寺か、知らない人が多いだろう、私もネットで話題になるまで知らなかった。境内に四季折々に応じた草花を植えて、「奈良・花の寺」として知られている古い寺院だ。古い寺院と書いたが、般若寺の創建事情や時期については正史に記載がなく、創立者についても諸説あって、正確なところは不明だ。ただし、般若寺の境内からは奈良時代の古瓦が出土しており、奈良時代からこの地に寺院が存在していたことは確かなようだ。寺伝では舒明天皇元年(629年)、高句麗の僧・慧灌の創建とされ、天平7年(735年)、聖武天皇が伽藍を建立し、十三重石塔を建てて天皇自筆の大般若経を安置したという。もとの寺院は何度も焼失し、今の建物は鎌倉時代以降の造立である。
文殊菩薩像
本堂とコスモス
ご本尊は文殊菩薩騎獅像。文殊師利は般若経を説いた知恵の菩薩、1324年後醍醐天皇の御願成就のため、大仏師康俊が作った。この時期、十三重石塔の5層目から発見された阿弥陀如来像が特別公開されており、コスモスとこの如来像を目当てに大勢の観光客がやってくる。
1964年に重要文化財である十三重石塔(石造美術・第1号)の大修理の際丸い納入穴に錦の布で包まれ、木箱に納られていたもの。箱書きから聖武天皇が平城京の鬼門鎮護を祈念して奉納された霊像と記される。石塔は鎌倉時代の造立で、800年間塔内に秘蔵され、昭和になって出現したので、造仏の経緯や伝来については全く不明であるが、少しの傷みもなく伝わってきたのが素晴らしい。さらに、驚くべきは、この阿弥陀如来仏の台座部から和紙に包んで納入されていた3体の仏像が同時に発見された。石塔建立時に新造されたか、伝来の念持仏が奉納されたものだろうと推測される。小像ではあるが、彫刻は精緻で美しく威厳のある仏像だ。

重文 秘仏 阿弥陀如来像
頭・手足が大きく、お顔は白鳳時代の
様相が見られる
阿弥陀如来像の台座から発見された重文 秘仏 胎内仏
左から 地蔵菩薩 大日如来 十一面観音菩薩
名前こそ知られていないが、般若寺には他にも重文、国宝の史跡がある。資料が揃っていないので、有名度が低いが、花に惹かれて大勢の観光客が来ている。寺院の集客戦略が大当たりというところか。


重文 笠塔婆
宋人の石工 伊行吉が1261年父母の供養のため建立。
もと寺の南方、般若野と呼ぶ墓地の入り口にあった。
下部に銘文があり、宋人石工の事績が刻まれている貴重な資料


国宝 楼門
入母屋造り・本瓦葺きの楼門(2階建て門)。民家の建ち並ぶ京街道に面し、西を正面として建っており、鎌倉時代(13世紀後半)のもの。下層は1間、上層は3間。和様を基調とし、上層の組物など細部には大仏様(よう)の意匠が見られる。上層の出組の組物は、外部から見ると複雑な構造に見えるが、上層の組物は外側から釘止めまたは枘(ほぞ)差しとした見せかけのものだ。
国宝楼門
石仏とコスモス

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